神喜嬉祭(しんきうれいさい)
毎年10月に秋季例大祭「神喜嬉祭」(氏子が喜び神樣が嬉しくなる祭り)を執り行っております。
一年に一度五穀豊穣、神樣への感謝そして本殿がある多度津町を明るく賑やかにするきっかけの一つとして貢献が出来たらという想いから始まりました。
中でも渡御行列では、明治37年(1904年)日露戦争勃発により鮫島団長が率いる第11師団がこの日本を守るために多度津港までの道800mを歩いて出征いたその道を日本ならではの神輿を担いで歩きます。
また、その800mの道は日露戦争だけではなく、満州事変のときにも歩かれたそうです。
その証拠に多度津の桃陵公園には港に向かって必死に手を振る母親の像が立っています。
戦地に向かう息子を一目見ようと三豊から多度津港(14km)を歩いて来たものの息子を乗せた船は岸から離れてしまっており、港が見える桃陵公園に行き「一太郎やーい、母の声が聞こえたら、鉄砲を高く掲げておくれ」と叫び、母の想いが届いたのか高く鉄砲が掲げられたという逸話が残っています。
渡御行列で歩く道には「日本の国を想う」先人達の想いがたくさん詰まった場所でありその想いを次世代、後生へ繋いでいきたいという想いのあるお祭りです。

「国を想う無垢な心」「まっすぐな想いを乗せるため」無徳神神社ならではの白神輿がありますのでぜひ一度お越しください。